2005年1月
学生時代に憧れた企業の代表が西武だった。小学生の時、ダイエーで母にねだってレコードを買ってもらった。ミサワホームの社長のアイデアは天才的だと思った。本誌編集人の中村君は雪印の牛乳で元気に育ったそうだ。
具体的な時代の変化は、失望感と言う心の痛みと供にやってくるものだ。我々も変化し進化しなければ社会の役にたつ前に埋没してしまう。
ここのところ世の中が音をたてて変わって行くのを感じている。きっと、数年たつと歴史の教科書にも、「2005年、このころから社会が大きく変わった」などと書かれるような気がしてならない。時代の変化を感じる話題について連載していきます。
2005年2月
去年だったか一昨年だったか記憶にないが、正月、携帯メールに「アケオメ」「コトヨロ」というメールが飛び込んできた。一瞬なんの事やら?と考えたが内容はすぐに理解できた。ある意味進化かぁ~とも思った。その頃からか、今時の日本語が気になり始めてきた。「なにげに」使っているのだが、明らかに違和感を覚える言葉が多い。「っていうかぁ~、ですよねぇ~」いきなり話の途中からはじまったり、人の言葉を勝手に取って使っている感じだ。「私的には・・・」私としては・・・ですよね。「一個年上」一つじゃないのかなぁ~。加えてイントネーションの変化まで出したらきりがない。私自身、正しい日本語を使えるわけではないが、この違和感はいったい何だろうと考える。ひょっとしたら年をとった証?などと思ってみるが、言葉が時代と共に変わってくるのは必然だ。今時、私のことを「拙者」とか、感謝の気持ちを「かたじけない」等と言うのはお笑いか、時代劇でしかない。学者でもない小生がとやかく言うことではないが、これも素早く変わる時代変化だと感ずることは「全然良い」のだろうか?
2005年3月
「IT革命」とよく言われるが、革命と聞くと、かつて歴史の教科書で産業革命を習ったことを思い出す。資本主義経済が確立し、大量生産・大量消費の時代となる。人々は工場で働くために出勤と言う行動が常となった。機関車が作られ、車が作られ人々の動きは変わった。社会構造の一大変化だ! さて、IT 革命はどうだろう。身近な所では、SOHOというビジネスライフスタイルをつくり、インターネットは世界を繋ぎ、情報収集、コミュニケーションを可能にした。そして、社会インフラとしてはなくてはならないものとなった。ここでも社会構造が大きく変わった。まさに「革命だ!」しかし、便利になれば問題も起こる。個人情報をめぐる問題や容易に出来るコピー、技術などの知的所有権の問題。悪質な犯罪。これから、どうやってこれらの問題と付き合ってゆくのだろうか?革命の共通点は「スピードを伴う大きな変化」と考えられる。しかし、今回の革命は現代人が持ち合わせたスピードと言う感覚を大きく超える速さで動いているような気がする。今後、我々人類は、このスピードと言う脅威に対応できるだけの能力を持ち合わせているのだろうか?
2005年4月
なぜこんなに電話やメールが届くのだろう?と疑問に思われる方は多いのではないでしょうか。電話やメールの相手は、どこからか情報を入手しているようです。IT化が進むにつれて加速度的にそんな経験も増えています。個人情報の保護に関する法律(個人情報保護法)がいよいよ4月より施行されました。この新しい法律は、高度情報通信社会の進展に伴い生まれました。名刺一枚、病歴の記載のあるカルテ、個人の遺伝子情報までもが対象となります。今まで当たり前のようにやり取りをしていた名刺や、名簿が法律で決められたルールによって管理されます。今までの概念に法律と言うルールをはめ込み、新たな概念を植え付けなければなりません。悪気がなくても個人の情報を漏洩してしまうことも多くあると思います。これではうかつに人の連絡先を聞いたり、名刺を受け取ったりするのもためらいます。確かにイタズラ電話や迷惑メール、犯罪等がこの新法によって減ることは嬉しいことです。しかし、今まで考えもしない、余計な心配も抱えなくてはなりません。厄介な時代を象徴した法律が出来たものです。そう考えると、携帯電話などは個人情報の塊です。これからは頭に入るだけの交友関係で終わらせないと…携帯電話を落としたら一大事です!?
2005年5月
世の中いったい何が起こるのかわからない!」「一寸先は闇」いつの時代も使われるフレーズです。しかし、ここのところ特に身近な言葉になったように感じます。先日も100人以上の死亡者を出したJR西日本。国鉄が民営化されてからの最大の鉄道事故となりました。福岡や新潟では地震による脅威がいまだ続いています。さらに昨年暮れのスマトラ沖の大地震と津波は地球規模での大惨事となりました。また、中国、韓国ではせっかく文化的に友好な関係が築き上げられ、雰囲気は良くなっていた矢先に、デモや暴動で両国の関係を揺るがすような事態となりました。時代はあきらかに節目に来ています。これは他人事ではありません。自分の身にいつ何が降りかかってくるのか解らない時代を生きているのだという事です。いざと言う時に後悔しないよう、腹をくくって生きよう!っと、言う心境になる今日この頃です。
2005年6月
プロ野球界では、日本プロ野球史上初となるセ・パ交流戦が行われています。これまでは観ることができなかった対戦が公式戦という真剣勝負で観られるとあって多いに盛り上がっているように感じられます。昨年に起こった球団合併、新規参入問題等の一連の騒動の中、これまた史上初のストライキを経て決まった交流戦。選手、球団が、一連の騒動によるファンの野球離れを憂慮し、プロ野球改革の目玉として開催の運びとなりました。これには、昨今の巨人戦視聴率の低迷、入場者の減少等球界の盟主として君臨してきた巨人ブランドの低迷も背景にあると思われます。その昔「巨人、大鵬、玉子焼き」という言葉があったように、その時代の子供たちにとって巨人は最も人気のある球団で、将来なりたい職業にプロ野球選手がいつも上位にランクされていました。しかし、時代の流れの中で、現在は人気選手の大リーグへの進出やサッカーに代表されるように他のさまざまなプロスポーツに人気を奪われているのが現状です。「プロ野球改革元年」という言葉もあるようで、これを機にプロ野球界がプロスポーツ界全体の盟主に復活できるよう、これからもさまざまな改革を継続し、「プロ野球は永久に不滅です。」という時代が続いて欲しいと一野球ファンとして願います。
2005年7月
ちょっと!テレビのチャンネル回して!っと、たまたまテレビの側を歩いている弟に頼んでいたのはいつ頃までだったでしょうか。お茶の間にリモコンが登場し、回すチャンネルは姿を消しました。今、リビングのバスケットにはテレビ、ビデオ、CD・DVDプレーヤー、エアコンのリモコンが入っています。知らない人がみたらどれが何を動かすのやら解らない。しかし、家族は当然知っています。
今の子供達にはチャンネルを回すという概念や、電話のダイヤルを回すと言う概念はないそうです。全てプッシュするのです。そして、そのリモコンの中には単三電池が入っています。先日、数えてみたらリビングのものだけで12本もありました。どうりで家電量販店、スーパー、コンビニ、薬局にまで10本、20本単位で単三電池がパッケージされ売られている訳です。単三電池は完全に生活の中に浸透しました。想像してみてください、もしこの単三電池がなかったら・・・。生活はとても不便です。なぜならプッシュしないとテレビもビデオも動かないからです。自分で機械の側まで行かなければならない。たった数メートルの事です。しかし、不便は不便なのです。
この単三電池はリモコンの中に姿を隠し、我々の快適な暮らしを支えていると言うと聞こえが良いですが、チャンネルを回していた頃が懐かしくも感じます。あの頃はそれでも不便などと思ったことは一つもなかったのに・・・不思議な気持ちです。
2005年8月
国の経済状態の代表選手の一つが銀行です。この銀行、経済の変遷とともに大きく様変わりしています。いったいどの銀行がどこの銀行と合併し、どんな名前になったのか?と思い出そうとしてもなかなか頭がすっきりしません。少しおさらいをしてみます。今年、10月に合併するメガバンクが「東京三菱UFJ銀行」、その東京三菱は東京銀行と三菱銀行だからまだ分かりやすいです。さて、UFJと言えば三和銀行と東海銀行。「三井住友銀行」も住友銀行と三井銀行だったと思うのですが、その間にさくら銀行という時代がありました。「みずほ銀行」は富士銀行、第一勧業銀行、日本興行銀行が一緒になったものです。「りそな銀行」はあっちへこっちへと話が飛びましたが、あさひ銀行と大和銀行が一緒になると言う事で落ち着きました。また、長銀は「新生銀行」、日債銀は「あおぞら銀行」と変わり、内容はともかく?清々しい名前となったのです。さて、少し振り返っただけでここ数年でこれだけの銀行が合併しています。さらにその前の時代となると混乱して、もはや記憶のかなたです。銀行は経済の象徴です。この速さで変わっては誰もが戸惑います。もう少し解りやすい仕組みにして欲しいものですね。
2005年9月
東京駅にのぞみ102号が滑り込む。ビジネススーツの人々が黒いバッグとは別に朝食の弁当やら缶コーヒー、新聞などのゴミを手にしてホームになだれ込む。ここで、面白い現象を発見した。ほとんどの人がゴミを分別するのに行儀よく並んでいる。気がつけば、ゴミ箱はステンレス製で「新聞・雑誌」、「カン・ペットボトル」、「その他のゴミ」と別れている。10年前では考えられない風景である。みな、テキパキとゴミの仕分けをして次々と階段を下りてゆく。ゴミの分別回収は非常に面倒なことである。地域によっての違いはあるが、マナーを守らない人や、カラスや、猫による被害もよく聞かれるようになった。しかし、大半の人は、大勢の人々の中ではルールを守ってゴミの仕分けをしている。この感覚こそが、地球レベルというスケールの大きな環境への配慮だろう!っと、感心してみたりする。都内ではディーゼルエンジンの規制で少しだけ空気が澄んできた気がする。昔、評判の悪いドブ川だったところは整備され、見た目も良くなり臭いもなくなった。一時は、いつか日本の海は滅びるのではないかと落胆して将来を想像した。みなが少しだけ環境の事を考えて自動的に行動することで、少しずつ希望の光が見えてきたように感じるのは私だけだろうか?それともこれでもまだ遅すぎるのだろうか?
2005年10月
掲載なし
2005年11月
掲載なし
2005年12月
気が付いてみると、買い物籠と聞くとレトロな気分になります。買物のあり方は明らかに変わりました。価格が、安い、高いという前に、魚屋のお兄さんの威勢のいい声や、惣菜屋さんのおばちゃんの甲高い売り込みの声を聞きながら、通りを左右見て食材を探したものでした。そして、時には買い物籠におまけの品を押し込んでくれました。最近は、スーパーとコンビニで全てが揃ってしまいます。ここ半世紀で日常の買物は革命的に様子が変わりました。今や公共料金までもコンビニで支払うのが当たり前です。また、必要な場合はお金の引き出しも可能となりました。しかし、売り手と買い手のコミュニケーションは消えてしまったようです。誰が、この魚を、肉を、野菜を売っているのか?人の顔ではなくスーパーやコンビニのブランドとなってしまったのです。(ここでは、「トレーサビリティ」というような意味ではなく、「対面販売」という意味です。)最近また、買い物籠が利用されるようになってきました。しかし、この買い物籠は、スーパーのレジ袋を廃止するもので、おまけを余分に押し込んでくれるコミュニケーションはありません。すこし寂しい気もします。