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2009/03/28

資本主義はなぜ自壊したのか 「日本」再生への提言

カテゴリー: Books — admin @ 12:38 AM
nakatani

資本主義はなぜ自壊したのか

著者 中谷 巌

出版社 集英社

価格 1,785円(税込)

 

小泉内閣の「改革なくして成長なし」と言うスローガンは大きな効果をあげました。筆者もその一翼を担っていた一人ですが、現在ではその社会システムが劣化している事を認めています。「新自由主義経済学」は悪魔の思想。広がる格差、止めどない環境破壊、迫り来る資源不足等。すべての元凶は資本主義そのものにあった!「新自由主義」の旗手と言われていた著者が、いま悔恨を込めて書く懺悔の書。あの構造改革の真相に迫る衝撃的な一冊です。

2009/03/02

不動産のゆくえ J-REIT

カテゴリー: 建設 ・不動産 — admin @ 10:17 AM

 

J-REIT image

J-REIT image

内閣府は好景気が2002年2月~2007年10月までの69ヶ月間続いたと発表した。日本の経済史上最長の景気である。経済財政担当相はこの好景気を「かげろう景気」と命名した。それまで戦後もっとも長いと言われた「いざなぎ景気」の4年9か月(57ヶ月)間(1965年11月~1970年7月)をはるかに超えて最長を記録したのだ。しかし、その名の通り、ダラダラ陽炎(カゲロウ)のように長く続いたのは良いが、成長率は2%前後と伸び悩んだ形で、景気の良さを実感することはなかった。一昨年、2007年11月から景気は後退局面に入っている。ちょうどそのころからJ-REIT(日本版不動産投資信託)にも変化が出始めている。これは日本のJ-RETI市場だけではなく世界のREIT市場にも影響にも出ていたようだ。大和総研の調べによれば、日米欧などの主要国のREITの時価総額は2007年のピーク時には94兆円あったが、2008年10月にはわずか30兆円まで下落し、世界平均では70%近くが減少している。
日本のREIT、いわゆるJ-REITは先進諸外国のそれとは違い歴史が浅い。2001年9月に産声をあげた新しい投資金融商品である。そもそもREIT(Real Estate Investment Trust)とは1960年にアメリカで誕生した。J-REITはその日本版で、投資信託及び投資法人に関する法律が改正された2000年以降、収益不動産を投資商品として組成する事が可能となり急速にマーケット拡大していった。現在では41の投資法人(*)が運用をしている。
 さて、最近の動きをみてみると、昨年2008年1月初めの東証REIT指数は1815、同年12月は900と実に50%以上の下落となった。まだ、生まれて7年しか経っていない投資商品だが、すでにニューシティ・レジデンス投資法人が昨年10月に破綻した。昨今の金融危機の影響を受けて値下がりするのは理解できるが、破綻するまで深刻になるとは考え辛い面もある。仕組みとしては、ミドルリスクミドルリターンの商品と言われているのに、なぜここまで深刻な状態に陥っているのだろう。REITはその性質上適切に運用されれば、価格も安定するはずである。NVA(純資産価格)倍率と言う指数があるが、現在では多くのREITでNVA数値1倍を切っているのが現状である。これは投資口(*)を買い取って所有不動産を売却しても余剰金が出ると言う事を意味する。評価と実態のギャプがあるのか、その仕組みに何らかの瑕疵があるのか疑いたくなる。J-REITは利益の9割以上を配当する事によって法人税を実質免除されるため、利益をほとんど配当として払い出してしまう。反面、内部留保ができないため資金が必要な場合には運営が悪化する事もある。また、資金の内訳は70%が金融機関から拠出するローンであり、投資家が拠出するエクイティは30%程度を占めるにすぎない。このように、市場に流れる資金はローンレンダー(資金の貸し手)の動向に大きく影響される資金構造となっている。したがって、金融機関が蛇口を全開にし、貸し出し競争をしていたのを一気に閉めてしまえば、不動産投資マーケットに資金が流れなくなり崩壊も起こり得ると言う訳だ。
また、J-REITを運用するのは通常の会社ではないため、M&Aが制度上速やかにできないのも問題である。日本経済新聞の報道によれば、国土交通省はJ-REIT市場の活性化、安定化に向けて制度を見直すため、日本政策金融公庫の危機対応円滑業務を活用した運転資金に対応する低金利制度を設けたり、合併による障害となる税制面の対応を検討したりと、上場基準の厳格化をはかってゆく方向にあるとの事だ。一刻も早く必要なルールを作り、不動産マーケットを安全、安心なものにしてほしいものである。

前田由紀夫

2009/03/01

暮らし方のゆくえ‐コミュニティー

カテゴリー: コラム, 建設 ・不動産 — admin @ 1:26 PM

不動産には色々な種類がある。宅地のように住宅を建て居住を目的としたもの。事務所や店舗などの商業利用を目的とするもの。公園や駐車場。これらが機能的に集まって街や都市を構成する。もちろん、農地や牧草地も不動産である。今回は、その不動産の中でも居住するもの、人が暮らす場所における将来を考えてみることにする。

人には様々な価値観がある。こだわりかたも人それぞれだ。利便性の高い都市に暮らす人、自然いっぱいの田舎暮らしに憧れる人。今、ニュータウンは高齢化し、古いマンションは建て替えの時期を迎え、近い将来の行方を模索している。時間が経てば地域や近所の付き合いも変わってくる。

ゆっくりではあるが、時は流れているのだ。我々はそれを認識する必要がある。

人口が減少し、労働力が不足する将来、一人当たりの住空間は広く快適になるとも考えられる。そして、そこに集う皆が共に暮らしてゆくには、個人や家族、そして仲間が空間を共有するコミュニティーが必要かつ重要となる。このコミュニティーはハード部分である箱物だけを考えては成り立たない。最小単位である家族から、個人が出て行ったり、また新たな

家族が構成されたりと、時と共に環境の変化は否応なしにやってくる。しかし、暮らす場所、「住まい」はそう簡単に変えられない。その一つの理由に、住宅が非常に高価なものであることが考えられる。多少、個人の生活事情が変わったからと言って簡単に引っ越したり、買い換えたり住み替えたりするわけにははいかない。また、そこにある建物を壊して建て替えるには相当なエネルギーが必要となり、環境にも大きな負荷をかける事となる。これでは将来の地球に優しいエコ社会にはなりえない。

誰でも、プライバシーを守り、同じ価値観を持った人々と暮らしたい。人と人との「間合い」がソフトとなる「暮らすことにおけるコミュニティー」が今後、大変かつ重要な課題となる。しかし、日本の住宅事情はあまりにも厳しい。快適に、安全に暮らすためには相当な対価を支払わなければならない。これでは個性やプライバシーをねじ曲げ、そこにある箱物コミュニティーに自分をあわせなくてはならなくなってしまう。衣食足りて礼節を知るというが、礼節の前に、住宅ローンに追われ、変わり行く近隣の環境にビクビクし、更には近所づきあいにギクシャクする事になる。

将来、住宅で「暮らすこと」に最も必要なのはコミュニティーの要素ではないだろうか。先にも述べたが、人が生きてゆくためには、時間と共に場所を変えなくてはならない事情がどうしても付きまとう。これには計画的に工夫された家作り、街づくり、個人としては暮らし方作りなるものが必要となる。住みやすさは価値観で変わる。ただし、場所によって生き方までもが変わってしまうのは大きな問題である。日本の建築物は一つ一つを見ると個性的で素晴らしいものが多いが、集合体となるとその将来が見えていないようにも映る。もっと、ソフト面のコミュニティーを考えるべきである。

土地や建物等の不動産は高価な財産である。簡単に壊すのではなく、永く大切に将来を見据えて活用するべきである。中に入る人間のほうが暮らし方を工夫し自分にあった居心地のよいコミュニティーに移り住んで行けばよいのではなかろうか。

せめて、将来暮らすであろう「終の棲み家」くらいは妥協をせず、満足のいくものにしたいと誰もが考える。ただの箱物としての棲み家ではなく、プライバシーの向こう側に暖かいコミュニティーのある空間にしたいものだとその行方を試案する。

前田由紀夫

 

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